玉吉餅店ビフォーアフターの軌跡

30余年の業界歴の中で忘れることの出来ない、

三重県津市大門「玉𠮷餅店」九代目加藤さんとの軌跡・・・。

出会い

 

玉𠮷餅店の九代目加藤氏と渡辺との出会いは2011年4月、三重県津市にあるこだわりの焼酎バー。その店に客として出入りしていたのが加藤氏で、店主は渡辺の知人だった。店主に紹介されて挨拶を交わした加藤氏と渡辺は、その日のうちに意気投合した。なぜ意気投合したのかはわからないが、外食産業(ファストフードチェーン)の店舗開発をはじめ、さまざまな経験をしてきた渡辺の言葉や助言が、老舗の九代目として悩みや問題を抱えていた加藤氏の胸に響くものであったのかもしれない。

 

九代目の決断

 

後日、加藤氏から渡辺に店舗改修の相談が入った。詳しい話を聞くために玉𠮷餅店を訪れてみると、加藤氏の要望を実現するためには、建物の構造そのものを変更しなければならないことがわかった。 しかし、構造の変更には費用が高額となるため、費用に見合う効果を得るのは難しいと思われた。 そこで渡辺は「今のままで我慢されるほうがいい」と助言し、「改修」を断念するよう勧めた。ところが、それから何日も経たないうちに加藤氏から電話があった。彼は、「改修」ではなく「建替え」を決断したのだ。渡辺はその思いに応えるべく、玉𠮷餅店の建替計画に着手することにした。

 

本当の要望

 

提案は、すべて顧客の要望から生まれる。ただし、顧客が言葉にしていることが「本当の要望」とは限らない。渡辺はいつもそう考えている。今回も、加藤氏の言う通りのものを作る気はさらさらなかった。一番大切なことは、加藤氏自身もまだ気づいていない潜在的な問題やニーズを掘り起こすこと。いかに適切に「本当の要望」を聞き出せるかということだった。そのために渡辺は足繁く津に通い、加藤氏と時間をともにした。加藤氏の心を開き本音を引き出すために、一体どれほどの時間を費やしただろうか。

 

渡辺の提案

 

渡辺が導き出したテーマは、最低限度の「統一感」だった。それは、九代続いた玉𠮷餅店がおそらく一度も意識をしてこなかったことだった。建物の外観、屋号(看板)との調和、店舗全体の色調はもちろん、ショーケース内の商品の陳列の仕方、商品POPまで。すべてをひとつの軸でつらぬき統一感を持たせることで、どこを見ても「玉𠮷餅店らしさ」が感じられる、そんな店を創ろう。それが渡辺の提案だった。つまり、渡辺は店をつくるのではなく、ブランドをつくろうとしていたのだ。

 

チーム

 

建替えは建築士とチームを組んでの取り組みとなった。渡辺にとって一番の気がかりは、店舗設計の渡辺と建築士(中平氏)が、うまく融合できるかということだった。同じ業界のプロ同士、互いに譲らずぶつかり合うこともよくある話だ。しかしそれは杞憂だった。渡辺のプロデュース力とリーダーシップのもと、中平氏を筆頭にすべてのプロフェッショナルが持てる力を発揮する、最高のチームができあがっていった。

打ち合わせ

 

今回の案件は、住居・店舗・工場となり打ち合わせに多くの時間を費やすことになった。それは1年以上にも及んだ。さらに一般的な建替えでは工事中は休業し新家屋(店舗)が完成した時点で営業を再開することになるが、加藤氏は工事中も休業する事は当然ながら可能な限り避けたいという。そのため、まず先に仮店舗を用意して移転していただき、その後旧家屋を解体して新しく建てることになった。新家屋の完成まで工期は、約8ヶ月を要する事になる。

 

ブランディング

 

渡辺は工事中の時間を、玉𠮷餅店のブランドを構築するためのチャンスと捉えた。江戸時代後期から続く老舗感を大切にしつつ、よりインパクトあるロゴマーク・ロゴタイプを作成。さらに老舗の「ものがたり」を発信できるwebサイトづくり。包装資材からユニフォームまで、すべてを見直し一新した。渡辺の“おせっかい”は商品の売価設定にまで及んだ。これには加藤氏もご両親も猛反対したが、説得の末一部商品の値上げが採用されて2012年11月6日にグランドオープンを迎えた。もちろん、値上げによってお客様が離れるどころか、よりよい結果になったことはいうまでもない。

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建築設計を僕が担当し、それ以外を全て渡辺さんが担当し、最初からオープンまでチームリーダーとして現場をまとめてくれました。頼りになるリーダーがいてすごく仕事がやりやすかったです。渡辺さんは、アパレル、飲食、ブランディング、デザイン…とにかく様々な経験をお持ちの方で、ほぼ建築設計しかしていない僕とは全く違ったリアリティを持っておられ、(見かけと違い)すごく繊細にモノコトを捉えられますので今でも教わることばかりです。特に将来を見越した現状のモノとコトの整理やお金の使い方(予算取り)、ブランド戦略は目からうろこのことが多かったです。クライアントにとって「得になることは何か」をいつも考え、時にはダメなものはダメと遠慮無しにクライアントにおっしゃいます。経験に基づく信念は、厳しく優しく現場をまとめてくれました。

一級建築士事務所NAKAHIRA ARCHITECTS 中平 勝

http://mnao1403.p2.weblife.me/

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webサイトづくりをお手伝いさせていただきました。渡辺さんとは何度もお仕事をさせていただいていますが、いつも「オレの想像を越えてこい」というプレッシャーをビンビン感じながら仕事をしています。それはきっと、渡辺さん自身が常にそんな姿勢で仕事をされているからなんでしょうね。サイトのための原稿を作成するにあたり、渡辺さんは私を何度も津へ連れて行き、玉𠮷さんのみたらしだんごを食べさせ、九代目の加藤さんに会わせてくれました。そのうち私自身が玉𠮷餅店のファンになり、餅菓子の歴史と玉𠮷餅店の魅力をたくさんの人に伝えたい!という気持ちでいっぱいになりました。結局いつもそうやって、人の心を動かしてくるのが渡辺さんです。おかげで玉𠮷餅店のwebサイトは、自分でも自慢に思えるものになりました。

edit&designガーデン 前田 孝子                 http://chocolategarden.jp

Before After

 

旧店舗

 

玉𠮷餅店は、150年にわたって津・大門で餅店を営み続ける老舗。旧店舗は、いつの時代に建てられたものかもわからないくらい古く、改修がままならないほどだった。工場は建物も設備も老朽化し、しかも動線が悪かったため、生産効率の面でも衛生管理の面でも問題を抱えていた。もちろん店舗も同様に、問題が山積されていた。渡辺が何より気になったのは、店内に朝日が入ることだった。

概要 敷地面積:122.55㎡(37.04坪) 住居面積:113.00㎡(34.18坪)店舗面積(工場含む):112.28㎡(33.96坪)

新店舗

 

町のシンボルとなるような目を引く建築と、九代続く老舗「餅屋」のデザイン融合が実現。入りやすい導線、買いやすい店内導線にもこだわった。お団子(みたらし、やじろ)を焼いているシズル感が目の前で味わえて、店内での飲食もでき、屋根がはね出した下にある店舗入口前でも食べてもらえるスペースとしての空間を作ったことで、若年層のリピーターが増加。和菓子=高齢者のイメージを変えた。各TVの取材による放映、雑誌掲載など多くのメディアに取り上げられた。最近では地方都市の有名デパートでの催事出店の要請も来るようになった。これは、商品の魅力・美味しさに最低限度の「統一感」が融合して、「玉𠮷餅店」というブランドができあがったことに他ならない。

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建築設計の「悩み」と「こだわり」  

 

店舗付き住宅としてどうデザインするか、住宅の性能や心地良さを確保しながら、「餅屋」としての顔から住まいの生活感を消すにはどうしたらいいか、今回は伊勢のおかげ横丁などに見られる格子や板張り、漆喰などの所謂和風イメージを一切使わずデザインしたいと考えました。そこのところが一番悩んだところです。敷地は、アーケード商店街や飲食店がある繁華街で、地方都市にありがちな店舗や住宅、雑居ビルなどが混在した環境にありました。一方で津観音に近く、歴史的な匂いもありました。また、変形十字路の角に立地し幅の割には奥行きの無い敷地でした。このような環境の中で、ランドマーク的な要素を持ちながら、街の中にも溶け込むデザインが出来ないかと悩みました。完成した玉𠮷餅店は、交差点側に大きな屋根が鋭角にはね出し、特徴的なカタチを施しました。反対側は水平ラインが段々と低くなっていき、周辺建物と連続するデザインにしています。僕が一番好きなところは、屋根がはね出した下にある店舗入口前のスペースです。ここでは、店内で買った焼きたての美味しいみたらしなどを食べてもらえるスペースにしました。3階まで吹抜けになっていて、トップライトから空も見え、喧騒から少し離れたような落ち着いた空間を実現することができました。

中平 勝

渡辺の役割

 

生まれ変わった玉𠮷餅店。そこで渡辺が果たした役割とは、トータルプロデュース。 すべてに目的意識をもって最終着地に導くことだった。 常に大切にしてきたのは、「出逢い」からはじまる「会話」。 顧客の想いや悩みを理解(整理・精査)すること。共有すること。そして、共に解決をめざすこと。 さまざまな出来事があった中で、依頼をする側される側を超えた、 本気の関係(きずな)を築くことをできたことがすべての成功の要因だったと確信しております。

 

 

玉吉餅店とは http://www.tamakichi9.com

 

創業は江戸時代後期。初代「玉屋𠮷兵衛」が名付けた屋号もそのままに、およそ150年の間、「津・大門」にて餅店を営み、九代目となります。創業の思いを大切にしながら、本物の餅菓子を継承されてます。お伊勢参りの旅人の体と心を満たした餅菓子。それが玉𠮷餅店の原点です。神仏のお供えに。ハレの日に。四季の節目に。日本人が、ここぞという時に食べる餅を、ひたむきに、ていねいに、つくり続ける。「餅にこだわる餅屋」の使命と考えられてます。津の郷土菓子「けいらん」。北勢地方に伝わる、もち米とうるち米を混ぜてついた「たがね」。そんな、地域の文化が宿る餅を、つくり続けておられます。

玉𠮷餅店  加藤 俊次氏

「九代目からのメッセージ」

 

本当に長い時間かけて話を聞いていただきました。改装の話を店の前でして、即答で改装をしてもその費用対効果が無いといわれた時には正直どうしようかと悩みました。でも、何故か改装を諦めるという選択肢を思い浮かべることができなくて建て替えになりました。それからは長い長い打ち合わせ。狭い世界で働いていたので、初めてデザインや建築のプロの方たちとの話し合いで気後れして、中々思っていることが言えず、それでも辛抱強く話を聞いてもらって、本当に感謝しています。渡辺さんと二人だけで話したあの1時間がなかったら今の関係は無かったと思います。あの時渡辺さんは、丁寧に僕が思っていることを聞いて下って、それで僕の中でも何かが変わったんだと思います。打ち合わせを重ね、仕事の内容も見てもらって、細かいところまでの説明と驚きの連続でした。でもそれが渡辺さんのスタイルと分かってからはどんどん話ができるようになりました。新しい玉𠮷の外観、内装のデザイン画を見せてもらった時の驚きと興奮は今でも覚えています。これが現実になるんだというワクワク感は凄かったですよ。あと、色々アドバイスを頂いたことで一番印象に残っているのは、「商品の値段を決めるのは自分じゃなくてお客様」です。その時は分からなかったですが、環境が一変し百貨店からも声が掛かるようになった今はその意味が分かります。他にもいろいろたくさん教えてもらいました。本当にありがとうございました。